こころの仕事に対する誤解

  • 2019.11.26 Tuesday
  • 16:03

「心を読まれそう」

 

 

これは臨床心理士あるあるだと思うのですが

人の心に携わる仕事をしています、と言うと

「心を読まれそうで怖いな〜」と冗談っぽく言ってくる人が結構います

 

人の心なんて読めるはずがありません

全国の3万5000人の臨床心理士が本当に人の心を読めるとしたら

こんなに怖ろしいことはありません

そしてもし仮に人の心を読める人がいたとしても

それを得意になって人前で披露していたとしたら

臨床家失格です

マジックショーとして人を楽しませるだけならまだいいですが

そういったエンターテインメントと

私たちが行う「臨床」は全く別物だということを

強調しておきます

 

私たちが目指すのは、クライエントが主体性を回復させ、

自分の力でより良く生きていけるように手助けすること

その中では当然、よく分からないこともあるし、

深い絶望に突き当たることもあります

そこに徹底的に付き合い、一緒に悩み、苦しむこと

こちらの理解を伝えることはあっても

答えを与えることはありません

人の心がいかに複雑怪奇で読めないものかをよく理解していること

それが臨床家です

身体表現性障害と解離性障害のカウンセリング

  • 2019.11.15 Friday
  • 18:17

身体表現性障害と解離性障害は、

以前は「ヒステリー」としてまとめられていました

現在では「ヒステリー」は身体症状と精神症状に大別され、

DSM-犬任漏胴猝椶吠けられています

(※なおDSM-5では新しいカテゴリーによって再編されていますが

ここではDSM-犬亡陲鼎い峠劼戮討い泙后

 

身体表現性障害とは、いろんな身体症状を呈していながら、

それが身体の病気に由来するのではなく、

心理的な要因が関与しているものです

いろんな下位分類がありますが、

頭痛や腹痛、アレルギーといった症状から

感覚麻痺、失立失歩(立てない歩けない)、失声(声が出ない)、視野狭窄など、

様々な症状が見られます

 

解離性障害とは、意識・記憶・同一性など、

通常は統合されている機能が破綻している状態をいいます

解離のレベルによって解離性健忘・解離性遁走・解離性同一性障害・離人症に

分類されます

 

身体表現性障害や解離性障害は、不安障害や気分障害と比較すると

薬物療法の効果が明確ではありません

つまり心理療法が治療のメインとなります

精神分析の理論を用いるならば、一見不可解な症状を

無意識の葛藤や防衛といった概念で理解し、

症状の持つ意味を洞察することで軽快が期待されます

認知行動療法では、できないことからできることへと視点を移動し、

ストレスや不安に自分で対処できる力の獲得を目指していきます

また森田療法では、症状の解消を目指すのではなく、

症状へのとらわれを排してありのままの自分を受け容れることを主眼におきます

どの理論を用いるかは本人の適応や治療者の専門性によって変わってきますが、

症状が現れている時点で治療が必要であるのは明らかであり、

放置するのは危険です

まずは精神科に受診し、主治医の判断が必要ではありますが、

継続的な心理療法を併用することをお勧めします

法人にした理由

  • 2019.11.09 Saturday
  • 18:21

独立開業するにあたって

 

株式会社を設立しました

 

他の企業・団体様とお付き合いがしやすくなるかなという

 

単純な理由で

 

なるべく実体が明らかな方が安心かなと

 

自分の手によって、この世に存在しなかった法人格を

 

ゼロから生み出したことの

 

感慨のようなものもありました

 

でも、法人であろうとなかろうと

 

クライエントとの間でやるべきことに変わりはありません

 

自分は何のために開業したのかということを

 

常に見失わないようにしたいです

 

 

 

さて、年末調整の時季です

 

初めてのことばかりで不安は多々ありますが

 

不備のないようにしようと思います

うつ病の治療

  • 2019.10.31 Thursday
  • 15:51

※ここでは医療機関でうつ病の診断を受けた場合に限定しており

 「自称うつ」は含みません

 なお、躁うつ病はまた別の対応になります

 

 

 

うつ病=ストレス環境によるもの、とか

うつ病=ストレスに弱い人がかかる病気、という

単純な図式での理解をされがちですが

環境や性格に起因する場合だけではなく

生物学的な要因がある場合や

脳外傷や何らかの病気、あるいはホルモンの影響を受けて発症する場合など

原因は様々です

 

うつ病と診断された場合、治療の柱となるのは

ゝ挈棔↓¬物療法、心理療法です

,鉢△世韻芭匹なる場合もありますが

ストレス対処の仕方に課題があったり、

自責感情や悲観的思考など認知に偏りがあったりする場合

´△世韻任鷲埆淑であり、が有効となります

この場合は認知行動療法がメインとなるでしょう

また、人生全体に関わる大きな罪悪感などを抱えている場合は

時間をかけて人生を見つめ直していく作業が必要になります

自分はどこに治療のゴールを設定したら良いかという点を

治療者とよく話し合ってみると良いでしょう

私の真実

  • 2019.10.26 Saturday
  • 12:57

映画『真実』を観ました

 

 

軽やかな光と音楽と人々の佇まいが

心のわだかまりや古傷を優しく撫で

自分の中だけにある真実に気づかせてくれます

 

是枝裕和監督の鋭さと繊細さと人の心への貪欲さには

毎回圧倒されます

 

母と娘の間にある普遍的で不可避な愛と対決

その主題に苦しんでいる人も、そうでない人も

母でも娘でもない人も楽しめる映画だと思います

自由と、生きていく努力と

  • 2019.10.24 Thursday
  • 13:40

ドキュメンタリー映画『‟樹木希林”を生きる』を観ました

 

 

自分がいかに不自由に生きているかということを

上映開始5秒で感じました

 

そして樹木希林という人の厳しさと凄みに

とてつもなくいたたまれない気持ちになりました

自分はまだまだ考えることが足りていないどころか

努力することから逃げているんだなと

この居心地の悪さから学びました

 

彼女が命を差し出して作品に向き合ったように

監督もまた自分をさらけ出してそれに応えている

 

木寺一孝監督の勇気と覚悟に拍手を送りたいと思います

レッテルに逃げ込むこと

  • 2019.10.18 Friday
  • 16:13

何かというと「発達障害」

 

すっかり定着した「うつ」

 

一昔前は「アダルトチルドレン」

 

最近だと「HSP・HSC」

 

何だか流行語のようです

 

本来は困っている人への支援や自己理解のために役立つよう

 

概念化されたものですが

 

言葉だけが独り歩きして、その枠に当てはまらないものを見落としている、

 

というか見ないようにしているように思えてなりません

 

 

人の精神や心ってよく分からないものだから

 

分かりやすい概念に飛びついてしまいがちです

 

ですが、それは答えが出ない不安に耐えられないから

 

自分にレッテルを貼って、分かった気になって安心したいだけ

 

けれど、それで得られる安心感は一時の空虚なもの

 

 

自分の心の複雑さから目を背けず

 

悩み、考え続けること

 

癒すとか、解決するとかではなくて

 

苦悩も悲哀も傷つきも全てひっくるめて、自分の人生として引き受ける

 

私はそういう考え方が好きだし

 

そういう風にして生きていきたいという人たちの助けになる場を提供したい、

 

そう思っています

独立した理由 続き

  • 2019.10.13 Sunday
  • 16:22

0緡鼎力箸ら自由になる

 

精神的な意味における人間の極限状態をこの目で見たい、

そしてそこから回復していく過程に立ち会いたいという動機で

精神科病院に就職しましたが

自分の中で次第に考えが変わっていきました

 

私が出会ったクライエントたちは

必ずしも重篤な疾患がある人ばかりではありませんでした

初診の段階からほとんど処方薬なし、つまり

カウンセリングがなければ通院することはなかっただろうという人たちも

少なくありませんでした

カウンセリングを求めてやって来る人たちのニーズと

精神科医療はイコールではない

この人たちはたまたまこの病院にたどり着き、

カウンセリングを受けることができたけれども、病院の外には

同じようなニーズを抱えたままでいる人たちがたくさんいるのではないか

カウンセリングを提供する立場である私が医療の外に出ることによって

病気や障害の有無に関係なく、もっと自由に心のことに取り組める

 

こうして、臨床心理士としてもっと自由な立場になりたいと思うようになりました

 

 

 

ち反イ帽腓錣覆ぜ分

 

これが最も正直かつ人間臭い理由なのですが

私は組織の一員として働くことが本当に向いていないんだなと

9年勤めてつくづく実感しました

仕事内容は好きだったし、仲間にも恵まれていたのですが

組織だとやっぱりいろいろあって

臨床以外の部分で辟易することがあまりにも多くありました

そういうのをうまく割り切るとか、切り替えるとか、忘れるとか、

嫌なことがあっても良い面を見つけて人間関係を更新していける人は

組織でもうまくやっていけるだろうし、重宝されると思うのですが

私はまあとにかく駄目でした

 

自分はどう生きたいか

時間をかけて自問自答してたどり着いた結論

 

自分の力で、自由に生きたい

 

 

 

 

自分が納得できる環境で、納得できる仕事をしたいと

今、いろいろ試行錯誤しながらやっています

不安だし、うまくいかないことも多々あるけれど

自由で楽しいです

独立した理由

  • 2019.10.10 Thursday
  • 15:22

特に同業者の方から

 

何であえて開業の道を選ぶの?

いつから考えていたの?

 

と聞かれることが多いので

自分なりに整理してみました

 

 

 

 

仝機更佑┐討い

 

高校に入る頃には臨床心理士になると決めていましたが

その頃に私がイメージしていた臨床心理士の姿ってやっぱり

病院や学校のような、人がたくさんいるような場所ではなく

ひっそりとしたプライベートな空間で、

複数の登場人物たちをうまく調整するとかではなく

じっくりと一対一で向き合う

そんなイメージでした

なので、最初から考えていた、というのが率直な答えです

もちろん、決意するまでには時間がかかりました

 

 

 

▲ウンセリングの価値をめぐる悩み

 

日本人特有のものなのか、相談という言葉にはどうしても

「人の善意で受けてもらえるもの」というイメージがあり、

カウンセリングもその延長線上にあると認識されているところがあります

つまり、高額な料金を払ってカウンセリングを受けるという感覚が

まだまだ根付いていません

けれど私は、カウンセリングにはそれ相応の対価が支払われるべきと思います

人生そのものを見つめ直していく深い作業になるなら尚更です

支払われるのは45分とか50分の面接時間に対してだけではありません

一人のクライエントに対して、治療者は面接時間以外にも

ものすごく時間と労力を使います

毎回記録を書くことに加えて、時々経過を振り返って方針を見直したり

必要な情報収集をして関係機関と連絡を取ったり

スーパーヴィジョンやカンファレンスやセミナーで検討したり

そのための資料を作ったり

終結した後であっても、あれこれと考える作業は続きます

それが無料とか、一回数百円とかではどう考えても割に合いません

 

また、クライエント側も

決して安くはない対価を支払っているからこそ

自分のカウンセリングを大事にする感覚がごく自然に生まれます

自分のためにお金を使っているわけだから、安易にキャンセルしたり

重要ではない話で面接時間を無駄にしたりすることも少なくなります

そして、治療者に対する不満をはじめとしたネガティブな感情も

お金を払っているからこそ表明しやすくなります

そして率直な話し合いができるようになり

またカウンセリングの充実度が増すのです

これが無料だったり低額だったりすると治療者に対する遠慮が生じ

どうしても表面的なやりとりになってしまいます

カウンセリングにそれなりのお金がかかるのは

クライエントにとっても大事なことなのです

 

以前は病院に勤めていましたので、カウンセリングは保険適用で行われていました

たくさんの人がカウンセリングを受けやすくなるというメリットがある反面

上記のような価値感覚の違いに悩みました

このまま安価なサービスを提供し続けるということは

私自身がカウンセリングの価値を下げることに加担していることになるのではないか

本当に価値があると考えるのなら

その価値を世の中に伝えていく責任があるのではないか

私はこれだけの価値があると考えます、というものに対して

私もそう思います、と応えてくれる人のために最善を尽くしたい

こうして、開業臨床への思いを強めていきました

 

 

 

 

…思ったより長くなりましたので

続きはまた今度書きたいと思います

臨床心理士を志したきっかけ

  • 2019.10.07 Monday
  • 13:06

臨床心理士という職業を知ったのは

中学生の頃だったと思います

 

愛のすばらしさより孤独や絶望を唄うアーティストが流行り

趣味を共有する仲間より心の痛みを分かち合える仲間の方が

ずっと強い絆で結ばれている

 

そんな時代の雰囲気と

 

思春期特有のフラストレーションや脆さから

元々の内向的な性格に拍車がかかり

 

自分の内面に向かうエネルギーの激しさを持て余す毎日でした

 

 

きっかけはたまたま見ていたテレビ番組でしたが

 

深い苦悩の中にいる人に対して

薬物とか手術とか、医療技術を用いるのでもなく

全てを解決してしまうような救いの言葉を与えるのでもなく

 

本人が自分の力を取り戻せるように

 

寄り添う

向き合う

 

 

それまでの私は

自分の悩みに付き合ってくれる人が身近にいればそれはラッキーだけど

身近にいないのなら一人で悩んで解決するのが当たり前だと思っていました

 

 

けれど、それを専門とした職業がある

単なる優しさや親切心ではなく、心理学という学問的知見を用いて

人の助けになる

 

 

この職業に就きたいと、ごく自然に心が決まりました

 

 

 

臨床心理士なんて職業を選ぶ人は

どうにかして自分を救いたいという思いが根底にあるのだと思います

もちろん、人の助けになりたいと思って仕事をするのですが

誰かと向き合うことを通して、自分のことをもっと知りたいとか

未解決の問題を乗り越えたいという思いが

原動力になっているのだと思います

要するに、心のことに貪欲なのです

 

 

 

対人援助とか社会貢献という言葉は好きではありません

 

でも、

 

人は向き合ってくれる誰かがいることで力を得る

 

これだけは、私の中で確かなことです