学会大会に参加して

  • 2022.09.16 Friday
  • 18:56

日本心理臨床学会第41回大会に参加しました

 

 

今年度の大会テーマは『心理臨床の未来と心理臨床学会』

もちろん毎年興味深い研究発表やシンポジウムはたくさんあるのですが

何というか、潮流というものを強く感じる瞬間が多々ありました

 

本来、学問とは議論することで発展していくもの

時には激しく衝突することもあるのでしょうが

「これは学問である」という規範意識があることで

互いへの敬意が失われることなく戦うことができる

ところが、本学会の場合、

ちょっとこの規範意識が低く

殺伐とした雰囲気になりがちなところは否めない

相手がいないところで批判するのは

もはや批判ではなく、ただの悪口

そうした雰囲気に傷ついたり

あるいは不必要に誰かを傷つけたりした覚えがある会員は

一定数いるんじゃないでしょうか

 

しかし、今年度の大会に参加して

クライエントのため

本学会のため

心理臨床学という学問のためにと

同じところを見据えたうえで「議論しよう」という雰囲気が

以前より色濃くなっているように感じました

否定されることに怯えなければならないような空気を

私たちが変えるべき時代がやって来たのではないか

まさに今年度のテーマに希望のようなものを持てたことが

最大の収穫だったかなと思います

 

コロナ禍になり、Web大会になり、

各々が「ひとり」の状況で参加するようになってから3年目

対面大会にしかない良さを再び味わえるようになる日が来るのが待ち遠しいですが

こうしたWeb大会を導入したことで学会の雰囲気が良い方向に変わるとしたら

これはこれで素晴らしいことだと思います

 

科学とは何か

学問とは何か

社会というものを想定して

生きるということを考える哲学

新しい知見を得たというより

自分というものを問い直す機会を得ることができ

とても充実した大会でした

罪悪と恐怖

  • 2022.07.24 Sunday
  • 16:07

遠藤周作『怪奇小説集 蜘蛛』を読みました

 

 

著者の留学や旅行などの実体験

国内外で実際に起こった悲惨な事件

海外の怪奇伝説

戦後の混乱期という世相といった豊富な題材に

罪の意識という著者らしい視点から恐怖に迫った作品集です

 

戦争、時代、国家という大きなものに

人生を翻弄されるしかなかった弱き者たち

自らが犯した罪への恐怖がやがて自分に返ってくるとき

過酷な現実に魂が耐えられなくなったとき

死者の執念が燃え上がるとき

人はこの世の道理を超えた「怪奇」に出会うのでしょう

 

悪趣味でおどろおどろしい場面もある一方で

著者らしい悪戯心で弄ばれることも多々あり

恐怖に飽きることがありません

 

 

夏本番、ひんやりとした気分を味わいたい方

ぜひお読みください

社会の非情と歓び

  • 2022.06.06 Monday
  • 17:09

映画『梅切らぬバカ』を観ました

 

 

人にはそれぞれ大切な存在や自分の生活様式があります

しかし、それを守ろうとするとどうしたって矛盾や不和が生じます

今日もどこかで、誰かが地域から追い出されようとしている

そうした厳しく暗い現実を、

本作全体に流れる明るさで中和させて私たちに問いかけてくれる、

優しい映画です

同時に、親子の温かな絆に感動するだけではなく

自分の常識を通そうとすることが誰かの居場所を奪っていること

それがすなわち社会の非情さになっていることを忘れてはいけないと

ぴしゃりと指摘してもらったように感じました

 

そして、新たな一歩を踏み出すのに勇気が必要なのは

障碍者や当事者だけではありません

「あなたがいてくれて、母さんは幸せだよ」

その想いを手放さないとならない時は必ずやって来る

 

母親役の加賀まりこさん、

重苦しい悲壮感がなくて、

明るくてチャーミング、

それゆえに一層、切なさが透けて見える、

本当に素敵なお芝居でした

このキャラクターだからこそ

「バカ」というあまりにも直接的な言葉が暴力的にならずに

現実と向き合う後押しをしてくれるのだと思います

 

社会問題なんて大きなテーマでなくていい

目の前の人が何を望んでいるかを想像してみるだけでいい

普通という言葉を使おうとするとき、

普通って何だ?と自分に問うだけでいい

つい利己的になってしまうのが人間だけれども

共に生きる歓びを知っているのもまた

人間の素晴らしさだと思いました

想像することを怠らない

  • 2022.05.07 Saturday
  • 16:22

島本理生『ファーストラヴ』を読みました

 

 

主人公が臨床心理士ということで

心理職の間でも話題になっていた本作品

臨床心理士とかカウンセリングを題材にした文芸やドラマって

ともすれば誤解に基づいていたり

誤解を助長したりしかねないものがあるので

期待と不安の入り混じった思いで

遅ればせながら手に取りました

 

ちなみに映画版では主人公が公認心理師になっています

これにはいろんな事情があるのでまあ仕方ない部分もあるのですが

個人的には臨床心理士の方が良かったんじゃないかなと思います

「主人公・公認心理師」だと…色気がないというか…せっかくのミステリーの雰囲気が…すみません

 

感想は…とても良かった

綿密で丁寧な取材がなされているのがよく伝わり

臨床心理士や弁護士といった各職業に対する敬意がうかがえました

性をめぐる心の傷や

それぞれの立場から見える光景を

繊細かつごまかしのない鋭い筆致で見事に捉えられています

こうしたリアリティをもって

誤解されがちな我々の職業を描き出してくれたのがとてもありがたい

 

頁を捲るごとに

自分の目線が主人公の目線と重なっていく

いつの間にか

蓋をしてきた心の傷が刺激されている

同時に

無自覚に誰かを傷つけたり

傷ついている人を無視したりしてきたことについても

思いを馳せている

 

女性であるがゆえの痛み

女性の私ですら逃げたくなるような過酷な現実に

真正面から迫りつつ

静かに寄り添ってくれる

女性にしか書けない作品だなと思います

 

一方で著者は、臨床心理士との対談の中で

「あまり片方の性だけを責めないように書きたい。

 自分が責められているように感じると、

 そこで人は思考停止してしまう」

と述べています

いかに思考停止せずに

自分が傷ついていること

誰かを傷つけていること

誰かが傷ついていること

誰かが誰かを追い詰めていることに

なぜ?と向き合い、理解しようと努めること

 

想像するしかないのです

けれどそれは断絶ではない

理解できないものに出会ったとき

それを自分の心を把握するチャンスとして

想像することを怠らない自分でありたいと

改めて思わせてもらいました

心の扉を開く

  • 2022.04.12 Tuesday
  • 14:46

河合隼雄『こころの読書教室』を読みました

 

 

本書は著者の最晩年に『心の扉を開く』という原題で出版されたものを

『こころの読書教室』と改題して文庫化したものです

とても平易で読みやすい文体で、いろんなジャンルの本が紹介されています

こころとは何かという問いに、学問的な物言いを超えて、

まさに生きた物語として答えてくれています

 

意識の水準を上げて自我を働かせ、

論理的、客観的であろうとすることだけが正解とされがちな世の中ですが

意識の水準を下げる、

つまり「心の扉を開いて」、

無意識や

「何か深いところ」や

「相手とつながっているもの」の方に自分から出ていく

そうして見えてくるもの、浮かび上がってくるものもある

読書というと知識や情報を得るための行為だと考えがちですが

そうした自由なこころの行き来に触れることでもあります

 

解説者も引用していますが、とても深く心に残った著者の言葉

 

人間ていうのは、ほんとうに大事なことがわかるときは、絶対に大事なものを失わないと獲得できないのではないかなと僕は思います。

面接室に生命を

  • 2022.03.04 Friday
  • 17:38

SATNADIカウンセリングルームの面接室は

良く言えばシンプル

悪く言えば殺風景です

これには意図があって

例えばカラフルでお洒落な調度品があることによって

クライエントが自己の内面を探求することを邪魔してしまうことがあります

また、インテリアにはどうしたってセラピストの個性が反映されますので

セラピスト自身の価値観や人間性を

知らず知らずのうちにクライエントに押し付けてしまうこともあります

カウンセリングの目的は

クライエントが自分の力で、

主体性を持って生きていけるようになることですので

面接室はその手助けとなる環境でなければならないという考えに立脚し

あえてシンプルな設えになるようにインテリアを選びました

このあたりが一般と異なる、心理士特有の考え方と言えるでしょうか

 

しかし、無機質であるのが良いというわけではありません

生き生きとした心の機能を取り戻すことを目指すのなら

あまりにも無味乾燥な面接室だと

やはりクライエントの助けにはなってくれないように思います

面接室がどこか‟生きている”という空気(栗原,2011)を醸し出すようにしたいという思いも

もう一方ではありました

 

開業当初から、面接室にお花を飾るようにしてきました

毎日お花屋さんに通って、その日に出会うお花を飾っています

そのため、飾ってあるお花は毎日少しずつ違います

もちろん生き物ですので

蕾が開いたり、色が濃くなったりと日々変化があり

毎日その生命の営みに感動しています

枯れていく姿にもまた個性と魅力があって

人の世を思わせる、退廃的で官能的な美しさがあります

 

いつもお花を楽しみにしてくれる人

花なんて目もくれない人

最初は心に余裕がなかったのが、

いつしか花に目を向ける余裕を得ていく人

皆さんの反応も様々です

花という生命を添えることによって

面接室が‟生きている”雰囲気になっているのではないかなと思います

 

個性を排除しようとしつつ

やはりどこか私の個性が醸し出ている

矛盾しているようですが

私自身が居心地の良い空間であるという自負があります

 

【文献】

栗原和彦(2011) 心理臨床家の個人開業 遠見書房

また会えると思えること

  • 2022.01.15 Saturday
  • 14:55

映画『ノマドランド』を観ました

 

 

自由ということについてよく考えます

本作は自由の素晴らしさやロマンを押し付ける感じではなく

ものすごいリアリティで切り取られたノマドたちの生活は

静謐でもあり過酷でもありました

 

実際のノマドたちが出演者の多くを占めているというのも大変驚きました

綺麗事だけではない、困難な生活を引き受けた先にある

自由な人生の誇り

主人公のファーンを含め、ノマドたちの顔に刻まれた皺が

実に素敵だなと思いました

 

人それぞれ、大切な思い出や場所や家があります

けれども、それがしがらみとなって自分を縛っているのだとしたら

別れの寂しさも手放す痛みも

本当に心が自由であれば、また会えると信じる思いに変えられるかも知れない

 

自由について、もっともっと考えたいと思いました

2021年を振り返って

  • 2021.12.29 Wednesday
  • 11:25

今年一年、当ルームをご利用くださった皆様

誠にありがとうございました

 

利用者数もぐんと増えたことに加えて

特に今年はセミナーをたくさんやらせていただきました

自分が伝えたいことと、

参加者が知りたいことが乖離してしまわないように

セミナーが終了したときに、

自分にとって何か有益なものを得たと思ってもらえるように

あれこれと考えながら準備するのはなかなか大変でしたが

ありがたいことに、

また来年もやってほしいとすでにお声掛けいただき

頑張った甲斐があったなと思います

 

開業してから、人とのご縁をいただくことが増えました

一日のうちに接する人の数でいったら

病院に勤めていたときの方が圧倒的に多いのですが

私という人間を知って

わざわざ私を選んで

時間を割いて連絡をくれたり

会いに来てくれたりする人がいるということが

どれだけありがたいことか

どんな事業も、

結局は人同士の信頼関係があって成り立つもの

一人会社ですが、

たくさんの人たちとのつながりを感じており

全く寂しくありません

 

2022年もきっと素敵な出会いがあるに違いありません

一つ一つのご縁に感謝して

来年もよろしくお願いします

大学病院精神科での実習

  • 2021.12.10 Friday
  • 17:17

臨床心理学専攻の大学院生は、

大学内だけではなくいろんな現場に実習に行きます

そのうちの一つ、大学病院精神科での実習は、

私のその後の臨床活動にとても大きな影響を与えるものとなりました

 

それまで教科書でしか知らなかった精神疾患

実際の患者さんに初めて接したのがこの大学病院でした

 

外来では初診の陪席をさせてもらいます

陪席をしているのは私たち心理の実習生だけではありません

大学病院ですので、

たくさんの医学部生が入れ替わり立ち替わり陪席に入ります

滅多に経験できないこの貴重な機会を

最大限自分のものにしたいという気持ちと

自分がもし患者さんだったら、

自分の診察にこんなにずらりと見学者がいたら嫌だなと思い、

申し訳ない気持ちと

毎回複雑な思いで見学していたのを覚えています

 

初診ではどのように問診を行うのか

どのように診立て、どのように処方するのか

初診で来た人が翌週、翌々週にはどのように変化するのか

こういう意図があってこの薬を処方したのか

これが統合失調症の陰性症状か

これが家族間力動か

 

実際に現場に入って体験しないと分からないことばかり

毎回ものすごく新鮮で強烈な体験でした

心理検査や予診をとらせてもらうときは

患者さんを前にしてどぎまぎしてしまい、

必要な情報収集やコミュニケーションも十分にできず、

いま思い返しても悔やまれることばかりですが

そのときの体験が、

後に病院に就職したときの経験値として生きていたように思います

 

また、教授回診というものにも同行させてもらえました

そこで患者さんと主治医と教授のやりとりを見学します

閉鎖病棟に入るのももちろん初めてです

そこで入院するに至った病状の深刻さや入院生活の大変さも学びました

 

私はその後、単科の精神科病院に就職したのですが

大学病院の精神科と、単科の精神科病院とでは

患者さんの様相や病棟のつくり、

患者さんへの治療スタンスも、

スタッフたちの雰囲気も全然違いました

この違いを肌で実感しながら、

医療人として必要とされる基本姿勢を学びました

病院という現場では、

精神医学の知識だけでなく、

安全管理やチーム医療についても理解している必要があります

 

臨床心理士の臨床の場は医療機関だけではありません

それでも、すべての臨床の基本となる医療の世界で学ぶことができたのは

本当に幸運なことでした

この経験を、これからも大事にしていきたいと思います

死に疲れて生を問う

  • 2021.11.02 Tuesday
  • 16:11

三島由紀夫『命売ります』を読みました

 

 

自分の命を売るという奇抜で退廃的なストーリー

主人公・羽仁男の意思に反して彼の命は助かり、生は続いていきます

売ろうとした命であるのだから「助かる」という表現すら矛盾を含んでいますが

そうして死に失敗するとき、彼は生き延びている自分と向き合い、

彼の命が生きてくるという逆説があります

 

最後に刑事から「人間の屑」と言い放たれた羽仁男には

当初のようなニヒルな姿はありません

 

生きることは誰かに助けを求めることであり

人間の屑だと蔑まれることであり

無様に泣くことであるという思念が浮かびました