独立した理由

  • 2019.10.10 Thursday
  • 15:22

特に同業者の方から

 

何であえて開業の道を選ぶの?

いつから考えていたの?

 

と聞かれることが多いので

自分なりに整理してみました

 

 

 

 

仝機更佑┐討い

 

高校に入る頃には臨床心理士になると決めていましたが

その頃に私がイメージしていた臨床心理士の姿ってやっぱり

病院や学校のような、人がたくさんいるような場所ではなく

ひっそりとしたプライベートな空間で、

複数の登場人物たちをうまく調整するとかではなく

じっくりと一対一で向き合う

そんなイメージでした

なので、最初から考えていた、というのが率直な答えです

もちろん、決意するまでには時間がかかりました

 

 

 

▲ウンセリングの価値をめぐる悩み

 

日本人特有のものなのか、相談という言葉にはどうしても

「人の善意で受けてもらえるもの」というイメージがあり、

カウンセリングもその延長線上にあると認識されているところがあります

つまり、高額な料金を払ってカウンセリングを受けるという感覚が

まだまだ根付いていません

けれど私は、カウンセリングにはそれ相応の対価が支払われるべきと思います

人生そのものを見つめ直していく深い作業になるなら尚更です

支払われるのは45分とか50分の面接時間に対してだけではありません

一人のクライエントに対して、治療者は面接時間以外にも

ものすごく時間と労力を使います

毎回記録を書くことに加えて、時々経過を振り返って方針を見直したり

必要な情報収集をして関係機関と連絡を取ったり

スーパーヴィジョンやカンファレンスやセミナーで検討したり

そのための資料を作ったり

終結した後であっても、あれこれと考える作業は続きます

それが無料とか、一回数百円とかではどう考えても割に合いません

 

また、クライエント側も

決して安くはない対価を支払っているからこそ

自分のカウンセリングを大事にする感覚がごく自然に生まれます

自分のためにお金を使っているわけだから、安易にキャンセルしたり

重要ではない話で面接時間を無駄にしたりすることも少なくなります

そして、治療者に対する不満をはじめとしたネガティブな感情も

お金を払っているからこそ表明しやすくなります

そして率直な話し合いができるようになり

またカウンセリングの充実度が増すのです

これが無料だったり低額だったりすると治療者に対する遠慮が生じ

どうしても表面的なやりとりになってしまいます

カウンセリングにそれなりのお金がかかるのは

クライエントにとっても大事なことなのです

 

以前は病院に勤めていましたので、カウンセリングは保険適用で行われていました

たくさんの人がカウンセリングを受けやすくなるというメリットがある反面

上記のような価値感覚の違いに悩みました

このまま安価なサービスを提供し続けるということは

私自身がカウンセリングの価値を下げることに加担していることになるのではないか

本当に価値があると考えるのなら

その価値を世の中に伝えていく責任があるのではないか

私はこれだけの価値があると考えます、というものに対して

私もそう思います、と応えてくれる人のために最善を尽くしたい

こうして、開業臨床への思いを強めていきました

 

 

 

 

…思ったより長くなりましたので

続きはまた今度書きたいと思います

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