レッテルに逃げ込むこと

  • 2019.10.18 Friday
  • 16:13

何かというと「発達障害」

 

すっかり定着した「うつ」

 

一昔前は「アダルトチルドレン」

 

最近だと「HSP・HSC」

 

何だか流行語のようです

 

本来は困っている人への支援や自己理解のために役立つよう

 

概念化されたものですが

 

言葉だけが独り歩きして、その枠に当てはまらないものを見落としている、

 

というか見ないようにしているように思えてなりません

 

 

人の精神や心ってよく分からないものだから

 

分かりやすい概念に飛びついてしまいがちです

 

ですが、それは答えが出ない不安に耐えられないから

 

自分にレッテルを貼って、分かった気になって安心したいだけ

 

けれど、それで得られる安心感は一時の空虚なもの

 

 

自分の心の複雑さから目を背けず

 

悩み、考え続けること

 

癒すとか、解決するとかではなくて

 

苦悩も悲哀も傷つきも全てひっくるめて、自分の人生として引き受ける

 

私はそういう考え方が好きだし

 

そういう風にして生きていきたいという人たちの助けになる場を提供したい、

 

そう思っています

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    独立した理由 続き

    • 2019.10.13 Sunday
    • 16:22

    0緡鼎力箸ら自由になる

     

    精神的な意味における人間の極限状態をこの目で見たい、

    そしてそこから回復していく過程に立ち会いたいという動機で

    精神科病院に就職しましたが

    自分の中で次第に考えが変わっていきました

     

    私が出会ったクライエントたちは

    必ずしも重篤な疾患がある人ばかりではありませんでした

    初診の段階からほとんど処方薬なし、つまり

    カウンセリングがなければ通院することはなかっただろうという人たちも

    少なくありませんでした

    カウンセリングを求めてやって来る人たちのニーズと

    精神科医療はイコールではない

    この人たちはたまたまこの病院にたどり着き、

    カウンセリングを受けることができたけれども、病院の外には

    同じようなニーズを抱えたままでいる人たちがたくさんいるのではないか

    カウンセリングを提供する立場である私が医療の外に出ることによって

    病気や障害の有無に関係なく、もっと自由に心のことに取り組める

     

    こうして、臨床心理士としてもっと自由な立場になりたいと思うようになりました

     

     

     

    ち反イ帽腓錣覆ぜ分

     

    これが最も正直かつ人間臭い理由なのですが

    私は組織の一員として働くことが本当に向いていないんだなと

    9年勤めてつくづく実感しました

    仕事内容は好きだったし、仲間にも恵まれていたのですが

    組織だとやっぱりいろいろあって

    臨床以外の部分で辟易することがあまりにも多くありました

    そういうのをうまく割り切るとか、切り替えるとか、忘れるとか、

    嫌なことがあっても良い面を見つけて人間関係を更新していける人は

    組織でもうまくやっていけるだろうし、重宝されると思うのですが

    私はまあとにかく駄目でした

     

    自分はどう生きたいか

    時間をかけて自問自答してたどり着いた結論

     

    自分の力で、自由に生きたい

     

     

     

     

    自分が納得できる環境で、納得できる仕事をしたいと

    今、いろいろ試行錯誤しながらやっています

    不安だし、うまくいかないことも多々あるけれど

    自由で楽しいです

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      独立した理由

      • 2019.10.10 Thursday
      • 15:22

      特に同業者の方から

       

      何であえて開業の道を選ぶの?

      いつから考えていたの?

       

      と聞かれることが多いので

      自分なりに整理してみました

       

       

       

       

      仝機更佑┐討い

       

      高校に入る頃には臨床心理士になると決めていましたが

      その頃に私がイメージしていた臨床心理士の姿ってやっぱり

      病院や学校のような、人がたくさんいるような場所ではなく

      ひっそりとしたプライベートな空間で、

      複数の登場人物たちをうまく調整するとかではなく

      じっくりと一対一で向き合う

      そんなイメージでした

      なので、最初から考えていた、というのが率直な答えです

      もちろん、決意するまでには時間がかかりました

       

       

       

      ▲ウンセリングの価値をめぐる悩み

       

      日本人特有のものなのか、相談という言葉にはどうしても

      「人の善意で受けてもらえるもの」というイメージがあり、

      カウンセリングもその延長線上にあると認識されているところがあります

      つまり、高額な料金を払ってカウンセリングを受けるという感覚が

      まだまだ根付いていません

      けれど私は、カウンセリングにはそれ相応の対価が支払われるべきと思います

      人生そのものを見つめ直していく深い作業になるなら尚更です

      支払われるのは45分とか50分の面接時間に対してだけではありません

      一人のクライエントに対して、治療者は面接時間以外にも

      ものすごく時間と労力を使います

      毎回記録を書くことに加えて、時々経過を振り返って方針を見直したり

      必要な情報収集をして関係機関と連絡を取ったり

      スーパーヴィジョンやカンファレンスやセミナーで検討したり

      そのための資料を作ったり

      終結した後であっても、あれこれと考える作業は続きます

      それが無料とか、一回数百円とかではどう考えても割に合いません

       

      また、クライエント側も

      決して安くはない対価を支払っているからこそ

      自分のカウンセリングを大事にする感覚がごく自然に生まれます

      自分のためにお金を使っているわけだから、安易にキャンセルしたり

      重要ではない話で面接時間を無駄にしたりすることも少なくなります

      そして、治療者に対する不満をはじめとしたネガティブな感情も

      お金を払っているからこそ表明しやすくなります

      そして率直な話し合いができるようになり

      またカウンセリングの充実度が増すのです

      これが無料だったり低額だったりすると治療者に対する遠慮が生じ

      どうしても表面的なやりとりになってしまいます

      カウンセリングにそれなりのお金がかかるのは

      クライエントにとっても大事なことなのです

       

      以前は病院に勤めていましたので、カウンセリングは保険適用で行われていました

      たくさんの人がカウンセリングを受けやすくなるというメリットがある反面

      上記のような価値感覚の違いに悩みました

      このまま安価なサービスを提供し続けるということは

      私自身がカウンセリングの価値を下げることに加担していることになるのではないか

      本当に価値があると考えるのなら

      その価値を世の中に伝えていく責任があるのではないか

      私はこれだけの価値があると考えます、というものに対して

      私もそう思います、と応えてくれる人のために最善を尽くしたい

      こうして、開業臨床への思いを強めていきました

       

       

       

       

      …思ったより長くなりましたので

      続きはまた今度書きたいと思います

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        臨床心理士を志したきっかけ

        • 2019.10.07 Monday
        • 13:06

        臨床心理士という職業を知ったのは

        中学生の頃だったと思います

         

        愛のすばらしさより孤独や絶望を唄うアーティストが流行り

        趣味を共有する仲間より心の痛みを分かち合える仲間の方が

        ずっと強い絆で結ばれている

         

        そんな時代の雰囲気と

         

        思春期特有のフラストレーションや脆さから

        元々の内向的な性格に拍車がかかり

         

        自分の内面に向かうエネルギーの激しさを持て余す毎日でした

         

         

        きっかけはたまたま見ていたテレビ番組でしたが

         

        深い苦悩の中にいる人に対して

        薬物とか手術とか、医療技術を用いるのでもなく

        全てを解決してしまうような救いの言葉を与えるのでもなく

         

        本人が自分の力を取り戻せるように

         

        寄り添う

        向き合う

         

         

        それまでの私は

        自分の悩みに付き合ってくれる人が身近にいればそれはラッキーだけど

        身近にいないのなら一人で悩んで解決するのが当たり前だと思っていました

         

         

        けれど、それを専門とした職業がある

        単なる優しさや親切心ではなく、心理学という学問的知見を用いて

        人の助けになる

         

         

        この職業に就きたいと、ごく自然に心が決まりました

         

         

         

        臨床心理士なんて職業を選ぶ人は

        どうにかして自分を救いたいという思いが根底にあるのだと思います

        もちろん、人の助けになりたいと思って仕事をするのですが

        誰かと向き合うことを通して、自分のことをもっと知りたいとか

        未解決の問題を乗り越えたいという思いが

        原動力になっているのだと思います

        要するに、心のことに貪欲なのです

         

         

         

        対人援助とか社会貢献という言葉は好きではありません

         

        でも、

         

        人は向き合ってくれる誰かがいることで力を得る

         

        これだけは、私の中で確かなことです

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          一人でいられる能力

          • 2019.10.04 Friday
          • 15:16

          国民性なのか、学校教育によるものなのか、

           

          「一人」というとどうしてもネガティブなイメージを持ってしまいますが

           

          「一人」は健全な情緒発達においてとても重要です

           

          ウィニコットは「一人でいられる能力」という概念を提唱しましたが

           

          これは寂しさや孤独に耐える力という意味ではなく

           

          誰かといても一人を楽しめる力のことを指しています

           

          自分という基盤があって、自信があって、

           

          だから相手に振り回されることなく、自分の考えを自由に広げられる

           

          誰かと一緒に何かを成し遂げたり、

           

          分かり合えたりするのは素晴らしいことですが

           

          それは「一人でいられる能力」がちゃんと育っているからできることです

           

          先日、スマホ依存の記事を書きましたが

           

          常に誰かとつながっていないと不安という人は多くいます

           

          SNSを手放せない人は

           

          誰かといても当然「一人」にはなれないし

           

          一人でいても「一人」になれません

           

          一人を選ぶも選ばないも自由ですが

           

          自分の生き方を卑下したり

           

          誰かの生き方を羨んだりしなくても良いのだということを

           

          私はこの仕事を通して伝えたいです

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            スマホ依存

            • 2019.10.03 Thursday
            • 15:45

            スマホを持つのが当たり前の現代

             

            電車に乗っていても、席に着いた途端に

             

            スマホを取り出す人の方が多いぐらいです

             

            隙間時間を有効活用できる、と言えば聞こえは良いですが

             

            入浴中も、勉強中も、

             

            眠る直前までスマホを手放せなくなっている、

             

            なんて人も多いのではないでしょうか

             

            ゲーム、SNS、動画、、、

             

            それ自体は別に悪いことではないのですが

             

            「何もしていない時間=無駄な時間」という理屈で

             

            結論が出ないことを悩んだり、

             

            何かを思い出して感情を味わったりすることを

             

            回避しているように思えてなりません

             

            スマホは「考えないようにするため」の恰好のツール

             

            かく言う私もそうですが

             

            悩み事があるときや、

             

            イライラしていたり落ち込んでいたりするときほど

             

            スマホに触りたくなります

             

            不快なことを考えなくて済むからです

             

            人間はなるべく居心地の良い方に逃げたくなるものなので

             

            便利なツールができるほど

             

            じっくり考える機会は失われていきます

             

            でも、生きている限り、悩んだり迷ったりする局面は必ずあります

             

            そういった壁にぶつかったとき、自分の中で抱えることに慣れていないと

             

            こころが対応できず、すぐに混乱してしまいます

             

            便利さに溢れた現代だからこそ

             

            自分の気持ちときちんと向き合い

             

            こころをたくましく育てていく作業が必要なのです

             

            何もしていない時間だって

             

            考え事をするのもよし

             

            人間観察をするのもよし

             

            草花の美しさや街の変化にだって気づくことができる

             

            無駄ではない、その時間の豊かさを知っている人は

             

            スマホを上手に使いこなすことはあっても

             

            依存することはないはずです

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              こころを聴く

              • 2019.10.02 Wednesday
              • 15:57

              私たち臨床心理士は、クライエントの話を聴くことが仕事です

               

              それでは「聴く」とは一体何でしょう

               

              聴くという行為を、誰にでもできる受動的なものだと思っている人は

               

              カウンセリングに不満を抱きます

               

              「聞いているだけじゃなくて、どうしたらいいか教えてください」

               

              と言われることはよくあります

               

              相手の音声をただ耳に入れているだけなら、それは受動的なものです

               

              しかし、表面的には受動的に見えても、

               

              そこには聴き手の能動的な意図が働いているのです

               

              前回の話と矛盾しているな、指摘したらその矛盾に気づくだろうか

               

              それともこの人の場合、反発するだろうか

               

              指摘することが今、必要かどうか

               

              あの話を避けるようにこの話ばかりしているな

               

              でもそれは触れてほしいということなのかも知れない

               

              こんな感じで、頭はフル稼働です

               

              そして頭だけでなく、聴き手のこころも動いているのです

               

              こうしてやりとりを続けていくうちに

               

              だんだんと自分の気持ちが明確になったり

               

              聴いてもらえたという安心感から落ち着きを取り戻したりします

               

              それがカウンセリングです

               

              こうした営みは、普段の生活ではなかなか体験できません

               

              通常の会話だとどうしても

               

              途中で言葉を遮られて最後まで話せなかった、とか

               

              安易に励まされて不愉快な気分になった、とか

               

              なかなか自分のこころに集中することができません

               

              相手に気を遣うことなく、少し自分のために時間を作ってみたい

               

              そんな風に思ったとき、カウンセリングを利用してみてください

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